美味しい御馳走

  私が、中学1年生の時の文集に書かれた、当時担任をして頂いていた木島能信(よしのぶ)先生のお話です。その文集のまとめとして、以下のことが書かれていました。「道端に咲いている綺麗な花は、自分自身が綺麗だとは思わずに一生懸命に咲いている。美味しい御馳走は、御馳走自身は自分を味わうことは出来ないから、自分が美味しいかどうかわからない。でも、それを味わった人は皆口をそろえて美味しいという」。当時の中学校は、理科や音楽、美術などそれぞれの専門の先生が教えに来て頂いていたのですが、私たちのクラスは机が綺麗に整列されていて、掲示板の掲示物も綺麗に貼られているし、机も綺麗に整頓されている。しかも授業の時も皆、どんどん手を上げて発表してくれて、とても素晴らしいクラスだと、どの先生からも異口同音に言われていたクラスでした。そのクラスの最後の文集のまとめとして書かれたのが、表題に上がっている言葉でした。

 木島先生は、当時とても厳しい先生だったのですが、それだけでなくとても生徒想いの、みんなから信頼されている素晴らしい先生だったことは言うまでもありません。私もクラスの委員長として、学年委員長として、連帯責任だと言われ、よく叱られていました。でも、怖いとか怒られたとか、ネガティブな気持ちになったことは一度もありませんでした。私にとっては、とても心に残る素晴らしい恩師です。

 私はこの言葉で、とても大切なことを学んだ気がしています。私は「美味しい御馳走」でありたいと思いました。「道端に咲く綺麗な花自身」でありたいと思いました。自分の価値は、一生懸命に咲いているんだ!自分は美味しい御馳走なんだ!と主張している自分自身が決めるのではなく、それを味わった人が決めるのだと、その時にそう思いました。その考えは、今でも変わっていません。美味しい御馳走自身になるための努力を、惜しまずに続けることが必要なのだと思います。そして、自分の価値を自分だけで決めるのではなく、常に客観的に評価する、水平思考やメタ認知能力が必要なのだと思います。一生懸命に頑張って培った自身の価値を下げることはしてはいけません。しかし、過度に自身の価値を評価することは、逆に自分の価値を下げることにもなると思います。私は、これからも美味しい御馳走になれるよう、そして「私」という料理を味わった人が、「美味しかったね」と言って頂けるよう、頑張っていかなければと思います。木島先生の教えを、これからも胸に刻んで行きたいと思っています。

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