既知と未知

 科学的な現代に生きている私たちですが、テレビや雑誌、ネットなどではたくさんの情報が溢れていて、どの情報もあたかも本当のように伝えています。しかし、特にネットの情報などは、誤った情報であったり不確実であったり、情報を提供する側のモラルが不足している場合もあり、情報を受け取る側の問題も指摘されたりしています。情報を受け取る私たちの方も、しっかり勉強をしてある程度の知識がないと、間違った情報を鵜呑みにしてしまったりすることもあり得ます。とは言っても、なかなか正しい情報を得ると言うことは難しいものですね。

 冲中重雄先生という元東京帝国大学の医師で教授を務められた先生は、その著書「最終講義」の中で、素晴らしい言葉を残されています。「書かれた医学は過去の医学であり、目の前に悩む患者の中にこそ、明日の医学の教科書の中身がある」との言葉を遺されました。まだまだ医学が科学的に発展していなかった時代に遺された先生の言葉は、情報が溢れて何が真実かわからなくなってきている現代に、とても大きな示唆をしているように感じます。既知の事実は、捉え方によっては本来の意味と違ったとらえられ方をすることもあり、自分の都合の良い使い方をされることもあります。真実だと思われていたことが、実は間違いだったと言うことも、過去の事実として枚挙に暇がないほどあるのではないでしょうか。科学的に証明されていない未知の事実にも、私たちは真摯に目を向ける柔軟性も必要ではないかと思うのです。もちろん、科学的な手続きを踏むことは非常に重要です。ただ、その手順を間違えたり、意図的に操作するようなことがあれば、それは真実ではなく作られた事実になります。ある薬がある疾患に有効だということが科学的に証明されたと報道された数年後に、まったく同じ条件で研究された結果がまったく逆の結果が出たということもあります。私たちが常に目を向けなければならないのは、私たちが意図的に作った事実ではなく、真実に真摯に目を傾けることが重要なのではないかと思います。セラピストにそれを教えてくれるのは患者です。自分に言い訳することなく、既知に事実に拘るのではなく、それを使って真摯に患者の中にある真実に目を向けていくことが重要なのではないかと思います。

フィジカルケア宮崎のブログの更新情報をお知らせします。

前の記事

終戦の日